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2021.11.19 対談

クリエイターと企業のハブとなり、クリエイティブの景色を変えるための「時代を読む力」【ソニー・ミュージックエンタテインメント深川×音楽プロデューサー谷口】

2021年8月、ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)が運営するソーシャルクリエイターズレーベル「Be(ビー)」とポートフォリオ作成・共有サービス『foriio』を展開するforiioは、共同プロジェクトとして「CREATIVESCAPE(クリエイティブスケープ)」を立ち上げたことを発表しました。

「クリエイターと企業の共創の場をプロデュースする」ことを目的とするこのプロジェクトの全貌に迫るための連続企画。第1弾では、同プロジェクトの発起人、SMEコーポレートビジネスマーケティンググループに所属する深川裕介と、foriioで代表を務める山田寛仁の対談をお届けしました。第2弾である本記事では、音楽プロデューサーである谷口周平氏をお迎えし、深川との対談を実施。

深川が谷口氏に「CREATIVESCAPE」への参画を打診した理由から、第1弾プロジェクトである『ChillSCAPE』の現在地などに迫ります。そして、クリエイターと企業と共に「クリエイティブの景色を変える」ために求められる「時流を読む力」とは?

谷口周平
1977年埼玉県生まれ。 ソニーミュージックを経てLD&K入社。同社にて土岐麻子、羊毛とおはななど幾多のアーティストをプロデュース、また数十タイトルに及ぶコンピレーションCDや作品を制作。 宇田川カフェ、DEAN&DELUCA、AfternoonTeaなどの店舗BGMも制作し、2015年に田中圭吾とレーベルNiceness Musicと生活と音楽合同会社を設立。2019年にBang&Olufsenにてイベント「90rooms」を主催、2020年より白井屋ホテルのサウンドデザインを手がける。

「CREATIVESCAPE」は素材を最上の料理に変える“飲食店”?

──まずは、現在「CREATIVESCAPE」が進めている『ChillSCAPE』とはどのようなプロジェクトなのか教えてください。

深川:イラストレーターが描くイラストや、ビデオグラファーと呼ばれる国内外でさまざまな映像を撮影し、発信している方々が撮った素材と音楽を組み合わせ、新たなクリエイティブの可能性を見出すプロジェクトです。

ソニー・ミュージックエンタテイメント深川裕介

──『ChillSCAPE』には谷口さんも参画していらっしゃいます。深川さんはなぜ、谷口さんを巻き込もうと考えたのでしょうか?

深川:その理由を説明するためには、『ChillSCAPE』の根本にあるアイデアについてお話しなければなりません。このプロジェクトは、観る方に「楽しい」「落ち着く」など、特定の“感情を提供する”ことを目的とした作品が集まるギャラリーを生み出す取り組みなんです。「観る方にこういった感情を与えたい。であれば、この映像とこの音楽を組み合わせよう」という発想で作品作りができないかと考え『ChillSCAPE』を立ち上げました。

そういったアプローチをするためには、たくさんの素材が必要ですよね。映像やイラストは『foriio』に登録しているクリエイターたちから募ることができると思っていたのですが、こういったアプローチに適した楽曲をプロデュースできる人物が必要だなと。これまで共にお仕事をしてきた人の中で、そういったアプローチができる人は1人しか思い浮かばなかった。それが谷口さんだったというわけです。

──谷口さんが「CREATIVESCAPE」や『ChillSCAPE』の構想を聞いたのは、いつごろだったのでしょう?

生活と音楽合同会社 谷口周平氏

谷口:2021年の5月か6月のことだったと思います。まだ『ChillSCAPE』はおろか、「CREATIVESCAPE」の具体像も固まっていなかったと思うのですが、お話を聞くと「クリエイティブ業界を変えるための『場』」を立ち上げようとしていることが分かった。

その「場」に参加して欲しいと言われ、自分が何をすれば良いのかも分かっていませんでしたが、「よし、分かった」と(笑)。

──二つ返事だったわけですね。

谷口:そうですね。深川さんとは以前から親交があって、その中で「いつか、クリエイティブの“お店”をやりたい」と言っていたのを聞いていました。そして、「CREATIVESCAPE」こそが、その“お店”なんだろうなと理解したんです。私が持ったイメージをもう少し具体的に言うと、深川さんは“飲食店”を作ろうとしているんだと思った。

飲食店って、素材を料理してお客様に提供するじゃないですか。「CREATIVESCAPE」において、素材とはさまざまなクリエイターが生み出すクリエイティブであり、お客様となるのは企業などですよね。そして、その二者の間に立って、素材をさらにおいしい料理へと変えるのが「CREATIVESCAPE」の役割なんだなと思ったんです。

そして、深川さんが私に求めているのは、「メニュー」を充実させていくことなのかなと。「CREATIVESCAPE」自体が始まったばかりの取り組みですし、まずはどんなことができるのかを明確にしていく必要がある。その第一歩が『ChillSCAPE』なんだろうと。もちろん、メニューはどんどん増やしていかなければなりませんし、途中で変更があるかもしれない。いずれにせよ、クリエイターたちが生み出す素材を、最高の料理に変えてお客様に届けていくために私の力が活かせるのであれば、一緒に取り組みたいと思ったんです。

「生み出したい感情」から逆算して、音楽を生み出すスペシャリスト

──お二人は以前から親交があったとのことですが、出会いのきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

谷口:一番に出会ったのは、私が事務局長を務めていたスーパーダディ協会というNPOですかね?そのNPOに、深川さんが理事として参画してくれたのが2013年ごろの話ですよね?

深川:ちょっと私も時系列が定かではないのですが、出会いはそれくらいの時期だと思います。スーパーダディ協会というNPOは、積極的に子育てや家事に取り組むパパを増やすことを目的にした組織でして。そこでの取り組みが、今回谷口さんにお声掛けすることにも繋がっています。

というのも、2014年に、スーパーダディ協会とアパレル事業を展開するBEAMS、そして、当時谷口さんが勤めていた、音楽プロダクションや飲食店を運営するLD&Kの3者で『ゆる家事プロジェクト』を立ち上げられていたんです。

「ゆる家事」とは、その名の通り、ゆるく家事をすること。つまり、パパたちにゆるく家事を楽しんでもらうためのプロジェクトで、楽しく家事をしたくなる音楽と日常的に行う家事のHow To本、そしてエプロンをセットにしたアイテムをリリースされていました。

──そのプロジェクトはどのように現在に繋がっているのでしょうか?

谷口:私は『ゆる家事プロジェクト』において、音楽のプロデュースを担当しました。そのときどんなことを考えていたのかと言うと「家事がしたくなる音楽ってなんだ?」ということ。

40代、50代をターゲットとして想定したとき、彼らが青春時代を過ごしていたのは80年代から90年代。当時はクラブカルチャーの全盛期だったので、制作を担当してもらったアーティストに、クラブで頻繁に流れていた曲を今風にアレンジしてもらったんです。そうすることによって、青春時代を思い返しながら、小気味よく、楽しく家事に取り組んでもらえるのではないかと。

深川:つまり、谷口さんは「楽しく家事をする」という行動、あるいは「家事がしたい」という感情を生み出すための音楽をプロデュースされていたわけです。先ほどもお話したように、それはまさに『ChillSCAPE』が目指すクリエイティブのあり方に近いなと。だからこそ、谷口さんにはぜひとも力を貸してほしいと思ったんです。

昨今、人々の消費傾向が「モノからコトに」変わったと言われていますよね。モノ消費とは、新たなモノを所有することに価値を見出すことで、コト消費とはアクティビティやイベントなど「体験すること」に価値を見出す傾向を指します。

『ゆる家事プロジェクト』における仕事もそうですが、谷口さんは早くから音楽によってコトの価値を高めることに取り組まれてきました。「モノからコトへ」という潮流をいち早く捉えていたのだろうと思います。foriioの山田さんとの対談でお話しましたが、クリエイティブ業界は今まさに過渡期にあると考えています。そんな中で、谷口さんが持つ先見性を「CREATIVESCAPE」で発揮していただきたいと思ったわけです。

プロデュースする者に求められる「時流を読む力」

──谷口さんもクリエイティブ業界に長く携わる中で、さまざまな企業とのコラボレーション案件も経験されていますよね。クリエイターと企業の関係をどのようにご覧になっていますか?

谷口:音楽プロデューサーとして企業とクリエイターの間に立つ中で感じているのは、言葉を選ばずに言うと、企業がクリエイターのことを怖がっているのではないかということ。その「怖さ」の根っこにあるのは、「分からなさ」だと思うんです。「よく分からないこと」って怖いじゃないですか。

企業の方々からすると、クリエイターって「よく分からない」存在だと思うんです。それに、費用感、つまり「なぜその価格になるのか」もよく分からない。あとは、権利関係。音楽に関わる権利って、すごく複雑で理解しにくいんです。クリエイターから見ても、事情は同じでしょう。お互いにとって、お互いが「よく分からない」存在だからこそ、私たちのような存在が間に入る必要があるわけです。

──その「よく分からなさ」を解消するためには、どんなことが必要なのでしょう?

谷口:具体的な事例を元に説明します。以前、FREDDY LECK sein WASCHSALON(フレディ レック・ウォッシュサロン)という、カフェとコインランドリーを併設した店舗を展開する企業から、「ランドリーミュージックを作って欲しい」と依頼されたことがありました。そのオーダーをそのままアーティストに伝えても「どういうことですか?」となるだけですよね。ランドリーミュージックなんて音楽のジャンルは存在しないわけですから、当然アーティストも理解できない。

そこで、私たちがクライアントのビジネスやその思想も含めて「ランドリーミュージック」を解釈し、言語化して音楽を制作してもらうわけです。そして、出来上がった音楽を「ランドリーミュージック」としてクライアントに説明するのも、私たちの仕事。つまり、「この楽曲がランドリーミュージックと言える理由」を分かりやすくクライアントに伝えていく。お互いの意図や意志を合致させるためのストーリーを作ってあげることで、互いの「よく分からなさ」を解消するんです。

──深川さんと山田さんとの対談でも語られていたように、企業とクリエイターの間に入り、互いに歩み寄ってもらうための“翻訳作業”が必要というわけですね。

谷口:そう。そして、そういった役割を担うためには、時流を読む力が必要だと思っています。クリエイターの気持ちや、クライントのビジネスを理解しているだけでは、本当に良いクリエイティブを生むことはできません。なぜなら、企業の「向こう」には、必ずお客様がいるから。

今、生活者たちはどんなクリエイティブを求めているのか、また、そういった気持ちはどんな社会背景から生み出されているのか。そこを理解していなくては、企業に対して「なぜこのクリエイティブが良いと言えるのか」を説明できないわけですよ。だからこそ、私たちのようなクリエイターと企業の間に立つ仕事には、時流を読む力が不可欠なんです。

クリエイターが集まり、クリエイターを生み出す「場」を作る

──深川さんは「CREATIVESCAPE」の一つの目標として、クリエイターと企業、双方をプロデュースすることを掲げられていました。そういった意味では、谷口さんが持つ先見性は大きな力になりそうですね。

深川:おっしゃるとおりです。ただし、谷口さんに貸していただきたいのは時流を読む力だけではありません。先ほど言ったような「音楽の力で体験の価値を最大化する力」も、ぜひ発揮していただきたいと考えています。

そのような意味でも、「CREATIVESCAPE」はリアルな場作りにも挑戦したいと思っているんです。以前のインタビューでお話したように、「CREATIVESCAPE」はオンライン上のギャラリーのような機能を担いたいと考えているのですが、将来的にはリアルなギャラリーも作りたいと考えていて。

そこは「CREATIVESCAPE」が描く世界観を体験してもらえるような場にしたいと思っています。そこに流れる音楽を谷口さんにプロデュースしてもらって、その他のクリエイティブとも掛け合わせて、特別な体験を提供したいんです。そして、ゆくゆくはアーティスト・イン・レジデンスのような、アーティストたちが集う場にしていきたいですね。

──谷口さんが「CREATIVESCAPE」で実現したいと考えていることはありますか?

谷口:リアルな場作りにはぜひ挑戦してみたいですね。あとは、私たちがやっているようなことを、多くの人に体験してもらえたらいいなと思っています。たとえば、『ChillSCAPE』では映像やイラストを見ながら「こんな音楽を当てれば、こんなクリエティブが生み出せるかもな」といったことを考えているわけですが、そういった作業ってすごく面白いんですよ。そういったことを、いろんな方々が自由にできる場があれば良いなと思いますし、遅かれ早かれ実現できると思っています。

かつて、多くの人にとってクリエイティブは「楽しむもの」でした。しかし、今や誰もが「作る側」になれる時代。たくさんの人に作る楽しさを知ってもらいたいですし、「CREATIVESCAPE」がそういった楽しみを提供できる場になれる可能性は、大いにあると思っていますよ。